2005年11月アーカイブ

今日はお客さんの自宅にあるパソコンの設定を行いました。こちらでは日本語環境を扱える人間が限られているので、しばしばこういった依頼があります。

旧パソコンから新パソコンへのデータの移行もやってほしいとのことだったので、USB接続のHDDを持って行きました。現地に着いてみると、旧パソコンのOSがWindowsME。一瞬ドライバが心配になりましたがOKでした。WindowsMEで良かった、と思うことって滅多にないのですが(爆)、USB対応の部分はWindow98よりも確かに良くなっていますね。

MyDocumentsの移行完了。Outlook Expressのデータも完了。アドレス帳や、アカウントの設定もエキスポートすれば、新しいパソコンでそのままインポートできるんですね。これは便利だな。筆者は長年Becky!ユーザーなので個人的には恩恵にはあずかれませんが、お客さんはOutlook、Outlook Expressのユーザーが断然多いので、まぁ広く考えると恩恵にあずかっているとも言えるのかな。

新パソコンにOfficeをインストールして、プリンタの設定も完了。ここまで1時間ちょっと。こないだ某所のトラブルシューティングではまった話を書きましたが、今回は問題なく終了・・・かと思いきや、ここからはまってしまいました(苦笑)。

旧パソコンにダイヤルアップモデムがつながっており、これを新しいパソコンに接続しなおさなくてはなりません。こいつがシリアルポート経由。正確にはUSBからRS232Cに変換して、その9ピンのコネクタにモデムがつながっているという状況。そういえば最近のパソコンにはパラレル、シリアルは付いてないことが多いですね。とりあえず、えいやーで新パソコンのUSBに差してみますが、やっぱり認識しません。ドライバを入れなきゃいけないのね、ということで、ケーブルに書かれている型番(U232-P9)で検索してみると、台湾のMCTというメーカーのものと判明。ダウンロードページからWindows2000/XP用のドライバを落として新パソコンにインストール。

よしこれでOK、と思ったのもつかの間、相変わらず認識しません。ドライバを再インストールしたり、再起動しても全然ダメ。再びいろいろと検索してみたところ、このMCTのケーブルはPhilipsのチップを使っているらしいことが判明。確かにドライバのダウンロードページにも、そういった記述がありました。また、この手の変換ケーブルにはProlificのチップが使われることもあるらしい。なんかこのあたりが臭うなぁ・・・、と思って旧パソコンのデバイスマネージャーを見てみると、なんと"Prolific USB to Serial"の文字が!どうやらドライバが違っていたようです。

今度はProlificのサイトに行って、ダウンロードページからドライバをゲット。ここにはWindows用だけでなく、Linuxや、64bitのXP用など、各種ドライバがアップされていました。Prolific PL-2303用のドライバを入れると、すんなり認識されました。良かった、良かった。それにしてもケーブルには確かに「U232-P9」と書いてあるのに、使われているチップがMCTのウェブに載っている情報と違うっていうのは、一体どうなってるんでしょ。もしかしてあの変換ケーブルはMCT製品のふりをした偽物だったのかなぁ。

10年は〜、ひとむ〜かし〜♪

で曲名が分かったあなたは井上陽水ファンですね(爆)。

先日筆者が香港上海に行ったことは既に書きました。香港では日本から来た十数人と合流して飲み食いを大いに楽しんだのですが、この十数人のうちの半分弱は、RCCという団体(サークル?)のメンバーでした。このRCCは、今から丁度10年前の1995年夏〜1996年にかけて存在した団体です。諸々の事情で1996年初めにはメインスポンサーが降板(降参!?)してしまいますが、その後もコアメンバーの何人かは連絡を取り合って、現在でもその親交が続いています。

RCCのメンバーには関西在住の人間もいたので、関西メンバーが東京に遊びに来たり、逆に琵琶湖でオフとか、関東のメンバーが筆者の実家に遊びに来たりもしました。三浦半島ドライブ・ツーリングオフなんてのもありました。その後もイギリスオフをはじめ、カナダでスキーとか、シンガポールから歩いてマレーシアに行くとか、そんなイベントが突発的に発生していました。今考えればドラな大学生でしたなぁ・・・。

すごいのは社会人になっても、その繋がり、またイベントが続いていると言うこと。立場が社会人になったというだけではなく、居住地も日本国内各地のほか、ウェールズ(カーディフ)、中国(上海)、そしてインドネシア(ジャカルタ)と世界に散らばっています。ちなみに先日の旅行で上海に行った際は、上海駐在のメンバーと久々に会って食事をしたのは言うまでもありません。

このようにお互いの繋がりを10年にわたって保つことが出来た理由は、もちろんお互いがお互いを必要とし、尊重して、その結合を大切にしてきたというだけではなく、インターネットや携帯といったメディアをいち早く活用できたから(いち早く活用するのが好きだった ^^;)だと考えています。

この先もずっとこの関係が続くといいなと思っています。そしてメンバーの誰かが、将来、日経新聞の交遊抄に登場してRCCについて語る日が来るんじゃないかと(爆)真剣に考えています。

日本に帰ることは年に1度程度ですが、帰るたびに感じるのは携帯電話が進化しているということ。ちょっと前までは薄くなったり、デジカメやMP3プレイヤーといった機能が付加されるだけだったのですが、最近では電子マネー(おサイフケータイ?)や国際ローミング可能な機種が発売されているようで。このあたりになると便利そうだから買う、というだけではなくて、規格がいくつかあったりしそうで、事前にちゃんと調べてから買わないと逆に痛い目を見そうな気もします。

友人がAUの携帯を買い換えたそうですが、これもやっぱり国際ローミングが可能な機種らしい。というか、ちょっと調べてみると、国際ローミングにもいくつか種類があるらしい。AUの場合、グローバルパスポートグローバルエキスパートというのがあり、前者は日本の携帯を海外に持ち出して使用できるサービス、後者はGSM携帯電話を用意して、それにSIMを入れることによって日本の携帯電話番号が海外で使用できるサービスとのこと。しかもそれぞれで使用できるエリアが全然違う。なんでだろう?

サイトを見た感じでは、どうもグローバルパスポートは第3世代(CDMA何とやら?)のサービスらしい。グローバルエキスパートはGSMの通信網を使うので、こっちの方が利用可能範囲が広いということらしい。それにしてもグローバルパスポートはジャワ島では使えるのにバリ島で使えないらしいのですが・・・ちょっとよろしくないですね。どうせだったら日本の方式とGSM方式の両方使える携帯を作れば一番良いんじゃないの?と素人的には思うのですが、それは難しいんですかね?

ついでに一言。よく第3世代の意味で3Gという表現を使いますよね。電波の人としては「3G携帯」という文字を見ると「3ギガヘルツの電波を使ってる携帯」なのかと勘違いしてしまいます。筆者だけかな?

ついでにもう一言。日本で各国のSIMを扱っている業者があるようです。SimPATI(Telkomselのプリペイドサービス名)のカードもあるみたいですが・・・何でそんなに高いのか・・・。しかも何故かスラバヤ番号だし。良く分かりません(^^;)。

先日香港に旅行した時にGSM携帯電話を買いました。ソニーエリクソンのJ300iという機種。この機種の一つ前のJ210iは3バンド対応だったのですが、こいつは2バンドのみ。筆者の場合、インドネシアおよびその周辺国でしか使わない(つまりGSM900/1800エリアのみ)ので、3バンド(GSM900/1800/1900エリアに対応)は必要ないかなと思いまして、デザインが気に入ったJ300iの方を買いました。数年前だったら、日本に住んでいて、アメリカ・カナダに行く可能性もあったので、絶対J210iを選んだと思いますが。

実は筆者、どっちかというとアンチSONYでして(爆)、VAIOもCyberShotもWalkmanも一切使ったことが無いのですが、携帯だけは何故か日本で最初に持った時からSONYを使っている期間が最も長い気がします。

ちなみに香港ではJ300iが980HK$、J210iが780HK$で売られていました。J210iは3バンドでこの値段は結構お買い得だと思いますけどね。後で分かったのですがインドネシアで買った方が値段がほんの少しだけ安かった模様。為替相場の関係もあるし、ほんの数百円程度ですので、それはまぁどうでも良いのですが。

ただ、インドネシアで買えば香港(大英帝国)仕様の三本足の充電器じゃなくて、インドネシアの2本足の充電器が付属してくるんですよね。旅行時の持ち運びのことを考えると、香港で買った3本足の充電器はそれ自体が大きいし、そこに3本→2本の変換コネクタをくっつけると、結構な容積になってしまうので、はっきり言ってイマイチ。まぁこれはソニーエリクソンに文句を言うことではなくて、香港、というか大英帝国に文句を言うべきなのかもしれないですが(苦笑)。

とりあえず、端末自体はTELKOMSELのSIMを入れられてジャカルタで元気に稼働中です。

昨日ジャカルタに戻ってきました。香港から帰りのCI(中華航空)が約1時間遅れましたが、それ以外は特に問題無し。空港の搭乗口には中華系インドネシア人と思われる方々がたくさんいて、飛行機を待っている時から既にジャカルタ気分でした。久々にインドネシア語を聞いて妙に落ち着いてしまった筆者(^^;)。

木曜日に上海から深セン経由で香港に戻り、金曜日は取引先の方々と飲茶を。お互いに違う国で仕事をしているため、なかなかお会いする機会がないので、今回は休暇中ではありましたが、会っていただくことになりました。いろいろとお話をするうち、その現地法人の社長さんが日本在職時、筆者の元上司と親交があったことが判明。香港でこんな話になるとは・・・。いつも感じていることではありますが、IT業界は狭いですねぇ。

取引先のオフィスが銅鑼灣と灣仔の丁度間にあったので、機上快速の香港駅まで戻るのは面倒だったのと、時間にも余裕があったので、空港まではバスを利用しました。途中、高速道路の案内板に何やら見慣れたマークが。大きな●に小さな●が2つくっついています・・・。そう、迪子尼楽園(ディズニーランド)への案内表示です。非常に分かりやすい。

ちなみに香港のディズニーランドは、香港人観光客よりも、中国本土からの観光客の数が圧倒的に多いようです。取引先の香港人曰く、彼らはディズニーランドそのものよりも、そのオペレーションがちゃんと回るかどうか(ちゃんと列に並ぶか?すぐゴミだらけになるのでは?)といったところに興味があるそうです(苦笑)。

【259】上海より

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海を越えたら・・・、というわけではありませんが(元ネタが分からない人は軽く流してください ^^;)、香港から上海にやってきました。香港に比べると寒いですね。昼間はそれほどでもないですが、夜になるとトレーナーか薄手のセーターくらいは必要な感じです。

元々は素直に「香港→上海」というルートで行く予定だったのですが、ふと思い立って「香港→深セン→上海」というルートを試してみることにしました。香港に中国旅行社有限公司のお店があることが判明し、ここなら中国国内線のチケットでも取れるんじゃないかなと思ってトライ。結果的には何の問題も無く予約、発券が完了しました。ちなみにチケットには人民元の金額が記載されているのですが、それをレート換算して香港ドルで支払うという、少々ややこしい方式でした。キャリアは深セン航空、TAX込みで往復1870香港ドルでした。ちなみに香港発だとTAX込みで往復約3000香港ドルですので相当安くつきました。

香港から深セン空港までの移動手段は何種類かあるのですが、一番確実なのはフェリーを使う方法だと思います。片道110香港ドルで、渋滞関係無し、深セン空港のすぐそばに接岸し、そこからシャトルバスで空港に行きます。イミグレもフェリーの客だけしか並んでないので10分くらいで終わりました。香港(九龍)のフェリー乗り場を出てから1時間40分程で深セン空港に着きました。

思ったより相当早く着いてしまったので、深セン航空の窓口を見つけて、1本早い便に変更してもらえないか、ダメ元で交渉してみたところ、あっさりOK。他のキャリアも含めて1日10本以上飛んでるようなので、余裕があったのでしょう。

機体はB737、そして機内はまさに国内線でした。英語はまったく聞こえず、乗務員に英語で話しかけても中国語で返事が返ってくるし(笑)。まぁ2時間程度のフライトだったので特に問題ありませんでしたが。しかしパイロットはなぜか欧米人でした(失念してしまいましたが、機長の挨拶の際に欧米風の名前を名乗って、かなりキレイな英語を話していました)。うーん、謎です、深セン航空。

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