こんな本を家の外で読んでいたら拉致されてしまうのでは...と恐ろしくなるような本です。
本書は毛沢東の冒した大きなミスの一つ、大躍進計画について、徹底的に調べた本で、2011年のBBCサミュエル・ジョンソン賞受賞。The Economistの2010年に読むべき25冊の本の1冊にも挙げられているとか。
著者はロンドン大学から招聘されていた香港大學教授。香港中文大学の研究員達の協力の下、書き上げたそうです。香港が基点になっているところがミソ。
あとがき、解説を読んで恐ろしくなったのは、胡錦濤政権時の2010年7月の党史工作会議において、次期総書記候補だった習近平が中国共産党の歴史を歪曲、誹謗してはならないと強く主張していたこと、そして彼は香港で出版された毛沢東批判本を名指しで批判したこと。
これらは本書が発刊される事を事前に察知した上で、共産党の中枢部にいる情報提供者への警告と読み取れるそうです。この本を原書発刊の2010年、もしくは日本語版発刊の2011年に読んでいたら、大躍進計画の本当の現状について「過去オソロシイことがあったのだな」で終わるのですが...。
既出の通り、香港では共産党批判本を発刊・販売していた銅鑼灣書店関係者5名が行方不明で、どうも中国公安に連行されているらしい、という2016年初頭の状況で読むと、習近平が毛沢東及び中国共産党への批判へ強く退行する意思を、総書記就任前から見せていたことが分かります。この状況が好転する気配は無さそうです。
さて本書の特筆すべき点は、各省の党檔案館で公開された資料を基に丹念に事実検証を行っていること。檔案というのは日本で言う公文書よりも幅広い概念で、共産党にとって必要と認めたらどんな資料でも保管していたようです。ちなみに中国人一人一人(戸籍がある人だけでしょうが)にも人事檔案があり、本人が見ることは出来ませんが、学歴、職歴から思想まで様々な個人情報が共産党によって管理されています。これらを含めて檔案館には膨大な量の資料がありますが、ほとんどが非公開。この本の発刊前後から、一時緩くなっていた公開条件も共産党中央の指示によって再び固く閉じられるようになったそうです。
これまで3年の自然飢餓が続いた上での政策上の失敗から3,250万人ほどの死者が出た、というのが共産党も辛うじて認めていた大躍進計画の結果。これが本書によれば自然飢餓は存在せず、毛沢東の指示を受けた共産党員達の暴走により、餓死だけではなく強制労働、拷問、病気への手当無し等人災のため、4,500万人程が死亡したと想定しています。数字の上ではもはや五十歩百歩ですが、重要な点は共産党員及び彼等から特権を受けた民兵などが、農民達を迫害した結果であるということ。自然災害説は自分達の失策をごまかすための言い訳だったようです。
この時の拷問のやり方なども克明に書かれていたようで、それはそのまま文化大革命時の近衛兵達が継承しています。そう、この二つの大きな失策は政治面で繋がっている(大躍進の失策で影響力低下した毛沢東の起死回生の一手が文化大革命)だけではなく、人民の荒廃という点でも繋がっているのです。人々の生活が徹底的に壊され、信頼関係もなくなりバラバラになる素地を作ったのが、大躍進だったと言えるようです。
草思社
売り上げランキング: 62,379