K'、書き込みありがとう。ということで、このお話を少々続けます。
>まだ不明です。一説には何らかの理由で人間に干渉できなかったか、もしくは神の能力にある一定の限界があったか。神の限界、というのが、宗教的な限界にもつながっている、という指摘もあります。つまり、神を信じて、その規律を守る人間だけを助ける、という風に、慈悲を与えるにも限界があります。それがさらにヒューマニズムの限界にも通じているわけです。
>ここから人間を作った神は実は別の神に作られたという説もあるんです。ここからかどうかはわからないけど、聖書をよく読むと、実は神というのが2種類いることがわかります。
「神」と「神たち」と訳されている部分がそれです。本来ユダヤ教もキリスト教も一神教なのに、なぜ複数形で書かれる神がいるのか。これは非常に興味深いテーマです。
これは、そもそも旧約聖書において、「外から来た存在」として「エロイ」という言葉が出てきます。また、「エロイム」というのがその複数形なのです。
新約聖書では、その「エロイ」という言葉をキリストが張り付けにされた時、聞くわけです。そこで、彼の弟子たちはキリストが最後に「エロイ」という何かに助けを求めているのだから、それはきっと父なる神であろう、という風に解釈するわけです。そのために、エロイも、その複数形のエロイムも「神」と訳されてきたわけです。
実は、この言葉が「宇宙人」を指すのではないか、と解釈する人もいます。確かに語源を見れば、「外から来たモノ」なのだから、当てはまるわけです。実際は、どうなのかはわからないけど。
ただ、旧約聖書の中にある、モーゼの創世記に描かれている地球誕生の描写は、あまりにも科学的なのは見逃せない事実だと思います。一度旧約聖書を読むことをすすめますね。かなり面白いです。